2014年05月28日
不如帰が鳴くころ。
季節の移り変わりを感じます。
写真の彼女、鹿児島弁でツングラメというらしいですが、個人的には聞いたことがありません。
末元さんやサエおばさんに聞かなければ。

柳田國男の方言周圏論を思い出します。
近畿地方「ツブリ」
中部・中国地方「マイマイ」
関東・四国「カタツムリ」
九州・東北「デデムシ」
九州西部・東北北部「ナメクジ」
九州と東北の方言が同じというのがまたおもしろいですよね。
蛍も、ちらほら。
ジョギングコース途中の小川に出現します。
まさしく、ただひとつふたつにて、ほのかにうち光りてゆくもをかし。(夏の段)
ところで近い将来、「山の日」が国民の祝日に制定されると聞きました。
海も好きですが、山派の私にとっては欣快に堪えません。
また実家に戻ったら、山へ走りに出かけようと思います。
蛍の保護も進むといいですね。
Posted by らじうむ at
22:58
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2014年05月27日
芽吹き。

枯れたと思われたツバキが、新芽を出し始めました。
雑草を抜きに足を運んだ私の心に応えてくれたと思うことにします。
先週は赴任最初の研究授業でした。
村上春樹の小説「青が消える」を取り上げて、文章解釈と作品世界の想像をさせました。
グループでの話し合い活動では、消極的で恥ずかしがる傾向にありますが、事前に何度か経験させたことで、なんとか形にしてくれました。
他の先生方が参観されるときは、さすがに真面目に取り組んで良い授業雰囲気を作り出してくれる、よくできた生徒たちです。
授業後に先生方から、小説の自由な想像は、論理的な読解に基づいたものでなければ、独りよがりになってしまい、センター試験に対応できないとアドバイスを受けました。
根拠を示す読み方の肝要さを学ばせていただきました。
生徒にも同僚にも助けられ、独力では何もできない自分の存在を思い知っては、またもったいないことと思わされます。
今週は、研修出張にインターハイ県予選。
休む暇なく、育てられる日々が続きます。
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07:00
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2014年05月17日
紅椿 左を見れば 白椿

紅椿 左を見れば 白椿
父が供えた二輪です。
実父にも義父にも、植物を愛でる心を教えていただきます。
振り返れば学生時代、東京の父母(と呼ばせていただいた方々)には高山植物の紹介を受けました。
私の好きなランニングに必要な酸素と糖質は、元をたどれば植物から与えられていることを、今さら実感します。
このように植物からの恩恵を受けて走っていることを知ったのは、12歳から数えて16年目のここ最近。
自意識過剰で独りよがりのランニングが、5年後、10年後には恩恵を敏感に感じ取れる営みになればいいなぁと感じます。
ところで椿は熟れると、花が丸ごと落下します。
これが、人の首が落ちる様子を喚起され、椿の花は気味の悪いイメージを持たれることがあったと聞いたことがあります。
斎藤一は、幕末の京都見回りや護衛で人斬りを生業としていますが、彼が教育の難しさを説いたシーンが印象的です。
「人を殺すことのたやすさにくらべ、人を生かすことの難しさを、わしは思い知った」
(一刀斎夢録より)
人を生かすためには、その人に心を尽くして接することが前提になりましょう。
一匹狼で、我が技量をたのむ斎藤一には、他者に心を尽くして愛情を注ぐことは難儀だったろうと察します。
かく言う私も、生徒たちのために心を尽くしているかと訊かれれば、疑問です。
授業準備をしていながら、誰のための授業かしばしば忘れてしまいます。
では、冷めた感情で生徒と接する教育の道を行くかと訊かれれば、それではいつか何らかの形で憂き目に遭うでしょう。
今はただ、愛情の薄い自分をひたすら見つめながら、理想の教師像を形作っていく時です。
椿のように人目を引く華麗さを持っていても、そのうち根元から丸ごと落ちてしまう姿は、油断するなと言われているかのようです。
小説中の斎藤は、新撰組に付いて来た乞食小僧に斎藤得意の居合い術を心を込めて教えていました。
そこには、小僧に戦火をくぐり抜けてほしいという願い一つが教授に結晶化されています。
いつ何時、土に還るか分からないけれど、最期まで力一杯咲き続ける椿のように、願いに沿って今を大切に、喜んで過ごせる人になりたいものです。
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05:46
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2014年05月06日
五月雨。

結婚式衣装の写真撮影の日でした。
青天白日のもとで撮影できないのは残念でしたが、雨で暑さが引いて新婦の着付けが楽でよろしく、また撮影時間短縮につながって良いと捉えることにしました。
結婚式とは、いかなるものか。
前撮り一つ体験しても、様々な慣習やはたらき、苦労に触れることができます。
新婦は、白無垢・色打ち掛け・白ドレス・色ドレスの順で着付けていきました。
対する新郎は、袴とタキシード。
それぞれ10分で着替え完了し、ずっと新婦の着付けを観察、撮影していました。
朝9時から夕方4時までの写真撮影。
思い出が残るのは好き、でも、思い出を作るために面倒をかけるのは嫌です。
しかし、面倒事や、大変な目に遭うことは「買ってでもしろ」と教えてもらいます。
その言葉の裏には「力をつけろ」という真意があり、力をつければ、尊ばれ、守られるのが世の常。
「ならば!」と、
眠気と闘いながら、着せかえ人形ごっこを20数年ぶりに執り行った私たち。
ただしリカちゃんやバービーではなく、等身大着せ替えでしたから、迫力があり、つい見入ってしまいました。
新婦の花嫁姿も載せたかったのですが、赤いブーケだけです。
許可が下り次第、載せます。
馬子と言うと怒られますが、化粧と衣装の力は偉大です。
危うく、元の顔かたちを思い出せなくなるところでした。
女性の晴れ姿の一つは、花嫁。
良いものを見せてくれた妻に感謝です。
Posted by らじうむ at
21:44
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