2016年10月16日
頭隠して尻隠さず。
ご無沙汰しております。
逆立ちをしなくなってからというもの、すっかりブログからも遠のいてしまいました。
逆立ちしようと意気込んだあの熱意は、アウシュビッツの有刺鉄線よりも冷えきっております。
しかし、文章を書きたい気持ちは、南亜の森林に立ち上る野火のように細々ながら途切れないでおります。
やはり、好きでもないことを無理に続けようとしても、長くは続きません。
逆立ち歩きを何度か試みましたが、肩関節が痛めそうな気がして諦めました。
いつか、かくし芸大会にでも出る機会があれば再チャレンジすることにします。
いつか話す機会に話そうと思っていることの一つに、「自分の好きなことは、本当に好きと言えるのか?」というテーマがあります。
教えていただくところ、「それを10年間続けた後に、初めて好きかどうかが分かる」という一つの定義があるとします。
私はランニング以外に好きなものは無いことになります。
例えば、マンガを読むことは小学校から好きなことのつもりでした。
しかし、一か月読まなくても平気であるところをみると、まさしく、「好きなつもり」に過ぎませんでした。
逆立ちも、短歌も俳句も、読書も、切手収集も、日記も、ブログも好きです。
しかし、「どちらかというと好き」レベルであると自覚せずにうっかり口をすべらせてしまうと、真正「好き」な方々の嘲笑の的にされます。
例えば、歌に関しては、車などの密室の中でしか歌いません。
美空ひばりを歌うなんて恥ずかしいからという理由もあります。
たしかに歌うことは楽しいけれど、本当に好きなことではないと感じているから、人前で歌う恐怖に勝てないのです。
嫌いになるほど走ったはずなのに、それでもまだ走るということは、おそらく私は真正「ランニング好き」なのだと思っています。
しかし、疑わしい点を挙げるとしたら、「末永く走り続けるための体の手入れをしない」現状があります。
ランニング前後の準備体操や整理体操は、0~5分。
真正「ランニング好き」ならば、将来走れなくなる可能性を一つでもつぶそうと努力するはず。
そういった備えが自分にできるかどうか。
私は本当に走ることが好きなのかどうかは、まだ検証が必要です。
もし、真正好きならば、いつか走れなくなることへの不安に悩み続けるでしょう。
もし、真正好きでないならば、「大して好きでもないランニングなんかしないで、家事手伝いしてよ」と要求されることへの恐れを抱き続けるでしょう。
どちらにしても地獄です。
理想を掲げて、健康状態や妻と戦い続けなければ、私のハッピーランニング人生は実現しません。
そのためにまず、自分は本当にランニングが好きなのかどうか、突き詰めていきます。
私は詰めが甘いところがあるので。
と、隠れたつもりの猫も教えてくれました。

逆立ちをしなくなってからというもの、すっかりブログからも遠のいてしまいました。
逆立ちしようと意気込んだあの熱意は、アウシュビッツの有刺鉄線よりも冷えきっております。
しかし、文章を書きたい気持ちは、南亜の森林に立ち上る野火のように細々ながら途切れないでおります。
やはり、好きでもないことを無理に続けようとしても、長くは続きません。
逆立ち歩きを何度か試みましたが、肩関節が痛めそうな気がして諦めました。
いつか、かくし芸大会にでも出る機会があれば再チャレンジすることにします。
いつか話す機会に話そうと思っていることの一つに、「自分の好きなことは、本当に好きと言えるのか?」というテーマがあります。
教えていただくところ、「それを10年間続けた後に、初めて好きかどうかが分かる」という一つの定義があるとします。
私はランニング以外に好きなものは無いことになります。
例えば、マンガを読むことは小学校から好きなことのつもりでした。
しかし、一か月読まなくても平気であるところをみると、まさしく、「好きなつもり」に過ぎませんでした。
逆立ちも、短歌も俳句も、読書も、切手収集も、日記も、ブログも好きです。
しかし、「どちらかというと好き」レベルであると自覚せずにうっかり口をすべらせてしまうと、真正「好き」な方々の嘲笑の的にされます。
例えば、歌に関しては、車などの密室の中でしか歌いません。
美空ひばりを歌うなんて恥ずかしいからという理由もあります。
たしかに歌うことは楽しいけれど、本当に好きなことではないと感じているから、人前で歌う恐怖に勝てないのです。
嫌いになるほど走ったはずなのに、それでもまだ走るということは、おそらく私は真正「ランニング好き」なのだと思っています。
しかし、疑わしい点を挙げるとしたら、「末永く走り続けるための体の手入れをしない」現状があります。
ランニング前後の準備体操や整理体操は、0~5分。
真正「ランニング好き」ならば、将来走れなくなる可能性を一つでもつぶそうと努力するはず。
そういった備えが自分にできるかどうか。
私は本当に走ることが好きなのかどうかは、まだ検証が必要です。
もし、真正好きならば、いつか走れなくなることへの不安に悩み続けるでしょう。
もし、真正好きでないならば、「大して好きでもないランニングなんかしないで、家事手伝いしてよ」と要求されることへの恐れを抱き続けるでしょう。
どちらにしても地獄です。
理想を掲げて、健康状態や妻と戦い続けなければ、私のハッピーランニング人生は実現しません。
そのためにまず、自分は本当にランニングが好きなのかどうか、突き詰めていきます。
私は詰めが甘いところがあるので。
と、隠れたつもりの猫も教えてくれました。

Posted by らじうむ at 22:51│Comments(2)
この記事へのコメント
猫を飼っているのですね☆今度全体が写っている写真をお願いします♪
Posted by スポーツマン at 2016年10月17日 02:03
スポーツマンさん
長らくお返事せず、申し訳ありません。
猫さん‥いつか載せたいと思いますが、恥ずかしがり屋なので期待できかねます。
長らくお返事せず、申し訳ありません。
猫さん‥いつか載せたいと思いますが、恥ずかしがり屋なので期待できかねます。
Posted by らじうむ
at 2017年01月29日 22:51
